川崎鶴見鉄道録

川崎・鶴見界隈の鉄道に関するブログ

初めての京都鉄道博物館!! その1 梅雨の関西撮り鉄遠征⑬

前の記事はこちら。

 

梅雨の関西撮り鉄遠征、今回から最終章が始まります。

此度の遠征のシメとなる舞台がこちらです!!

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皆さんご存知、京都鉄道博物館でございます!!

2016年に開業して以来、前々から気になっていた存在ではあったものの、中々来る機会がありませんでしたが、ついに念願叶い来ることが出来ました。

それに鉄博であれば、この日のような大雨でも楽しめるので、ちょうど良い機会であったと思います。

 

早速入場・・・の前に、ちょっと時間をさかのぼりまして、こちらからご紹介。

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京都市電2000形 2001号車

京都鉄道博物館は、梅小路駅の跡地を利用した「梅小路公園」という京都市営の公園内にあるのですが、その一角に元京都市電2000形が展示されていました。

 

こちらの車両は、梅小路公園の案内所兼、1978年に廃止された京都市電の歴史を紹介するスペースとして使用されています。

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中には学芸員的なおじさんがいて、同行いただいたブログ友「難波オヤジ」さんとおじさんによる「京都市トーク」に花が咲いておりました。

まあ、私は京都市電に関しては全くの無知でしたので、お二人の話をへぇ~と頷くだけでおりましたが (^_^;)

 

私にとっての京都市電といえば、こちらのほうが馴染み深いです。

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伊予鉄道 モハ2000形2006号車(2019年3月)

京都市電2000形は2001~2006の6両が製作されましたが、ここに展示されている2001号車を除く2002~2006号車は伊予鉄道に譲渡され、現在も伊予鉄道モハ2000形として現役で稼働中です。

上の写真は今年3月に撮影したばかりのものですが、近年車体がミカン色に変更されたうえ方向幕もフルカラー式に換装されており、まだまだ使い倒す気マンマンなようなので、京都市電の血筋は遠く松山の地でまだまだ息衝くことでしょう。

 

話がちょっと逸れましたが、入館券を購入して館内に入ります。

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大人の入場料は1200円(2019年6月時点)で、大宮の鉄道博物館より100円安いです。

JRが運営している施設だけあり、交通系ICカードでも購入可能となっています。

 

まずは入口のプロムナードエリアを見学します。

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端的に言いますと、入口から博物館建屋までの屋外に屋根を付いていて、そこに車両がびっしりと並んでいます。

屋根はありますが空調が効いているわけでは無いので、今の季節は結構しんどそうですねぇ・・・。

 

まずは入館券にも印刷されていた、こちらの車両から。

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C62 26

こちらのC62 26号機は、昭和23年に広島第2機関区に新製配置され、その後名古屋機関区や宮原機関区などに転属しましたが、最初から引退までの間ずっと東海道山陽本線筋の列車牽引に従事していました。

昭和41年にC62としては経年が浅いうちに廃車となりましたが、そのおかげで大阪環状線弁天町駅付近にあった旧交通科学博物館にて早々に保存機として収容され、交通科学博物館閉館後はこの京都鉄博にて保存されています。

 

C62の後ろには、往年の客車列車を連想させるように旧客も展示されています。

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マロネフ59 1

 

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スシ28 301

こちらの車内は公開されていませんが、窓越しに中の様子をうかがうことが出来ます。

 

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クハ86 1

こちらは元祖「湘南電車」である80系のトップナンバー車です。

 

80系というと、下の藤沢駅ホームにあるニューデイズのような「2枚窓の流線形」というイメージが強いですが、この形態になったのは2次車以降だそうな。

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たぶん、ここに来なかったら1次車のような顔は知りもしなかったでしょうね。

またひとつ、勉強させてもらいました。

 

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21-1

こちらはご存知の元祖新幹線0系、しかもトップナンバー車です。

このトップナンバー車は機械遺産にも認定されており、戦後日本初の旅客機「YS-11」とともに、戦後の高度成長期を象徴する産業機械のシンボルとして、学校の教科書にも乗るレベルの存在であります。

 

ちなみに0系は計4両保存されており、ちょっとした編成を組んでいます。

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22-1
東京方の先頭車は、スカートに白帯が入った「御召仕様」となっています。

 

そしてこの22形は、客室内が展示スペースに改装されています。

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パンタグラフ、速度計、座席や「鼻」が展示されていました。

本当は座席に座りたくて入ったのですが、残念ながら座れませんでした (^_^;)

 

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DD54 33

こちらのDD54は、西ドイツからのライセンス供与による技術が盛り込まれたディーゼル機関車ですが、ライセンス生産した国産部品に相次いで欠陥や不具合が見つかり、まともに運用することができなかったため早々に引退した悲運な車両です。

先に紹介した0系が国鉄の成功の象徴だとしたら、DD54は負の象徴という表現が正解かはわかりませんが、そんな対照的な2形式が並んで展示されているというのも、なにかの運命でしょうかね。

 

DD54の後ろには、20系が連結されていました。

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ナシ20 24

てっきり「出雲」をイメージしているかと思いきや、愛称幕は「はやぶさ」になっておりますね。

元食堂車とあってか、弁当売り場として使われておりました。

 

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クハ103-1

こちらはご存知、国鉄を代表する通勤型車両である103系ですが、総勢3447両のうちの記念すべき先頭車トップナンバーで、1964年に山手線でデビューしたあと京浜東北線に移り、その後1976年に大阪へ渡って大阪環状線で約30年走り続けたあと、2007年からは阪和線で活躍していましたが、2011年に引退しました。

引退後に大阪環状線時代のオレンジ色に塗り替えられ、ここに保存されています。

 

といった感じで、プロムナードエリアの展示車両をご紹介しました。

ここだけでもトップナンバー車がいくつも保存されており、貴重な車両たちにたくさん出会うことが出来ました。

 

次回は、いよいよ本館の中に潜入します。