川崎鶴見鉄道録

川崎・鶴見界隈の鉄道に関するブログ

KATO E26系「カシオペア」の新旧製品を比較してみた

楽しかったお盆休みも、ついに終わりを迎えました。

みなさま、今年のお盆休みはいかがお過ごしだったでしょうか。

 

私はと言いますと、昨日まで6日間にわたる乗り鉄遠征に出かけておりました。

早速次回から更新開始・・・と言いたいところですが、昨夏の北海道遠征もまだまだかかるし、現在連載中の関西撮り鉄遠征の記事もまだ数回かかるし、しかも別の撮り鉄遠征も予定しているし、秋になったら鉄道の日関連で遠征するだろうしと、ざっと見積もって連載開始まであと100回くらいかかりそうです・・・。

今のペースで100回更新というと12月くらいになる計算ですので、夏休みの遠征の話を真冬に連載するという事態になりそうですな (^_^;)

Twitterのほうでは、遠征中にちょいちょい呟いておりますので、気になる方はTwitterのほうも読んでいただければと思います。

 

 

そんなわけで、夏休み最終日となりました本日は遠征の疲れを取るため、どこにも出かけず鉄道模型弄りに興じることにしました。

今回弄るのはこちらの製品です。

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KATOのE26系「カシオペア」でございます。

KATOの「カシオペア」は、基本・増結の12両フルで所持しているのですが、よく見ると品番や商品名の表記が微妙に違っていることが分かります。

 

というのはですね・・・

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基本セットは15年ほど前に購入した初代製品初回ロット、増結セットは昨年のぽちフェスで購入した2代目の2011年生産ロットで、購入時期が全然違います。

 

基本セットのほうは、まだ実家に住んでいた中学生の時?に購入したもので、札幌の男性で知らぬ者が居なかったくらいの超有名店だった、今は無き「中川ライター店」で予約して買った、ちょっと思い出深い品。

一方の増結セットは、昨年秋に秋葉原で行われたぽちフェスにふらっと行ったとき、たまたま見つけて買ったものです。

 

そんなわけで世代が異なるセット同士ですが、奇跡かメーカーの配慮かは分かりませんが、各々のセットに収録されている車両は変わっておらず、世代が混じっても車両が被らずに12両ピッタリ揃えることができます。 

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2世代目は基本セットが2つに分かれ、EF510もセットに含まれるようになっているようですが、いずれにせよ基本・増結の関係性は変わっていません。

そのため、初代基本セットに2代目増結セットを組み合わせることで、およそ15年越しにフル編成化することが出来たというわけです。

 

それぞれの中身はこんな感じ。

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右が初代基本セットで、左が2代目増結セットです。

初代基本セットは中敷きを7両用に変え牽引機も入れてありましたが、それがEF81カシオペア専用塗装というところに時代を感じますね(笑)。

 

初代と2代目では基本構造は変わっていないのですが、2代目では細かいところに改良が加えられており、増結セット購入時の検品のとき混結したら違和感が出るかも・・・という懸念を抱いておりました。

てことで、手を入れる前に新旧製品の比較をしてみることに。

 

まずは車体の外観から。

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4両ともスロネE27で、上2両が初代製品、下2両が2代目製品です。

初代製品のほうは銀色に白い膜がかかったような印象があり、2代目はより深い銀色をしています。

 

カメラを傾けると、その違いが一目瞭然。

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光の反射が強い左側はどちらも変わりませんが、反射が減る右側に行くにしたがって明暗差が大きくなっていきますね。

これは走らせる場所の照明が、蛍光灯か白熱灯だったり照明器具の設置位置、あるいは自然光なのかなど、照明環境により編成全体の見栄えが大きく左右されることを意味します。

 

新旧製品を連結するとこんな感じ。

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パッと見て分かるレベルで車体色が違いますね。

また2代目では、カプラーに床下機器を再現するためのパーツが追加されており、よりリアルに見えるようになっていますが、カプラー本体は初代から台車マウント密連形カプラーが付いているので、そのまま連結することが出来ます。

 

屋根上も同じ。

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クーラーは交換すれば改善できますが、本製品はクーラーのみの分売が無くボディごと交換しなければならないので、それなら大人しく2代目の基本セットの中古品を買ったほうが良いでしょうな。

あとは旧製品の屋根が黄色っぽく見えますが、10年くらいケースに入れっぱなしだったため日焼けではないので、経年劣化ですかねぇ・・・。

 

続いては車体の中身。

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車内パーツの造形は全く変わっていないようですが、成形色は実車の木目調に合わせるため2代目では茶色に変更されています。

 

そして地味に窓ガラスのパーツも変わっていました。

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2代目では薄い緑色に着色されていますね。

 

外観上の改良点はこんなもんですが、個人的に一番の問題と思ったのが、内装の成形色とガラス色が違うことですね。

基本セットは購入時に室内灯を付けたのですが、増結セットと内装およびガラス色が合っていないため、増結セットに室内灯を付けたら、編成中で見栄えがバラバラになることは明白です。

成形色だけだったら、初代をスプレーで茶色に塗り替えればよかったのですが、さすがにガラスパーツを綺麗に着色するのは、今の私の技術ではちょっと無理ですね。

幸い、室内灯が点灯していない状態ならばそれほど気にならないので、基本セットの室内灯を撤去して運用することにしました。

 

ですが、これで終わると「退化」するだけなので、2代目のカプラーに付いている床下機器を初代にも取り付け、ちょっとグレードアップすることに。

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床下機器は、左のようにカプラーの付け根に部品をポン付けしているだけでした。

 

増結セットの説明書を見ると、床下機器は3つに分けて分売されているようなので、秋葉原中の鉄道模型店を回って、なんとか3種類とも確保。

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左からA・B・Cとなっています。

微妙に造形が異なっているのが分かりますね。

 

今回の手入れはこれにて終了し、車両ケースの配置を12両フル編成仕様に入れ替えてみました。

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正直なところ、思ったよりも差が大きかったという印象ですね。

できれば基本セットも2代目に更新したいところですが、予算的なこともあるので、とりあえずはこのまま運用してみたいと思います。

 

それと、今回はEF81は何も手を入れませんでしたが、子供のことに作ったこともあり出来が色々とマズイので、いずれEF81も手を入れたいです。

初めての京都鉄道博物館!! その2 梅雨の関西撮り鉄遠征⑭

前の記事はこちら。

 

いよいよ京都鉄道博物館の本館に潜入します!!

本館の展示といえば、まずはこれでしょう。

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高い吹き抜けフロアにドドンと並べられたこの車両たちは、数多のテレビや雑誌で紹介されておりますので、見たことがある方も多いと思います。

 

そのなかでも、一番人気はやはりこちらのようです。

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521-1

こちらは500系の先行量産車であったW1編成の東京方の先頭車です。

500系は16両編成のW1~W9編成製造されましたが、山陽新幹線内の「こだま」転用改造を受けて、W1編成全てとW2~W9編成の中間車が廃車されました。

しかし、それ以外の車両は現在も運用中であり、残存率にすると40%くらいは残っている状態で、ちょうど前日本線を走行している姿を撮り鉄したということもあり、博物館で見るというのもちょっと違和感がありますね・・・。

 

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クハネ581-35

こちらは世界初の寝台電車である581・583系の先頭車で、南福岡電車区に新製配置され、主に関西~九州の昼行・夜行特急列車に使用されていましたが、山陽新幹線の博多開業に伴い向日町電車区に転属し、晩年は大阪~新潟を結んでいた「きたぐに」に使用されたのち、国鉄色に復元されてここに展示されています。

 

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クハ489-1

こちらは485系をベースに、信越本線横川~軽井沢間の「横軽越え」を行うための装備が施された系列である489系のトップナンバー車です。

晩年は上野~金沢を結んだ夜行急行「能登」や間合いの「ホームライナー鴻巣」、臨時の「はくたか」などで使用されており、JR東日本管内にもちょくちょく顔を出しておりました。

 

上記3両の正面には、レトロな蒸気機関車が展示。

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230形233

こちらは国産初の量産型蒸気機関車230形で、鉄道記念物にも指定されています。

「国産初」とは言いつつ、まだまだそれ以前の輸入機関車のテイストが色濃く残る、どこか異国の香りがする車両となっていますね。

 

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1800形1801

こちらは京都~大津間の勾配区間で使用されていたという、イギリス製の機関車。

1881年に輸入されたあと、1964年まで83年間も現役だったというはすごいですね。

 

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EF52 1

こちらのEF52は国産初の大型電気機関車で、それまでの外国産機関車の技術と国内メーカーの技術を組み合わせ、合計9両が製造されました。

この茶色の塗装とデッキ付きの台車が、旧型機関車という感じですね。

 

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キハ81-3

こちらは日本初のディーゼル特急車であるキハ81系の先頭車で、181系485系のボンネット車とも少し違う顔つきは「ブルドック」と形容されています。

しかしキハ81系はわずか26両の製作に留まり、以降は改良型のキハ82系が量産されため、全国に広がったキハ82系とは対照的に使用列車は限られていました。

 

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122-5003

100系は0系の改良版として国鉄時代に登場した形式ですが、ここに保存されているのは民営化後にJR西日本が製造した「グランドひかり」用の車両で、もともとは3000番台を名乗っていましたが、山陽新幹線の「こだま」用に短編成化改造が施された際に5000番台に改番されたものです。

 

「グランドひかり」用の100系先頭車の大きな特徴は、鼻の下にあるルーバーです。

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100系16両編成のMT比は12:4となっており、オリジナルの編成では両先頭車と中間の2階建て車両が付属車となっていましたが、「グランドひかり」では2階建て車両を4両にするため、両先頭車を電動車に変更しました。

そのため3000番台の先頭車には、鼻の下に床下機器の冷却用の通風孔を増設する仕様変更がなされています。

 

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EF66 35

こちらはもはや説明不要なEF66で、民営化時にJR西日本およびJR貨物に継承され、東海道・山陽筋のブルトレ高速貨物列車牽引に従事していました。

 

京都鉄博の構想が持ち上がったとき、JR西日本が継承したEF66はすでに全機廃車またはJR貨物に売却されており、保留車や保存車もゼロだったことから、自前でEF66の展示機を確保することが出来ませんでした。

そのため、JR貨物からEF66の譲渡を受けることになり、35号機がその栄誉に選ばれ京都鉄博に展示されています。

 

そんな35号機の現役時代の写真がこちら。

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2013年7月撮影

展示に当たり、塗装変更のほかクーラーの撤去や、前面の飾り帯とナンバープレートの台座の復元など、国鉄時代の姿に近づけられる工事が行われいるので、大分印象は異なりますね。

 

実はこの35号機、譲渡前は部品取り車として扱われており、本線に復帰することなく解体される運命の車両でありました。

そんなとき、京都鉄博に展示するためのEF66の譲渡の話が出たのですが、当時のJR貨物は保留車だったゼロロクを相次いで復帰させるほどの機関車不足であったこともあり、もともと自走不能で戦力外だった35号機が譲渡にピッタリということで、解体寸前の部品取り車から一転して京都鉄博の保存機へと転身することになったのです。

事実は小説より奇なり、という言葉がありますが、本当に運命というのは分からないものですね・・・。

 

EF66 35は、床下にも入れるようになっています。

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ただかなり暗いので、写真を撮るには厳しい環境でございました。


EF66の向かいには、もう1つJR貨物からの譲渡車が展示されています。

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DD51 756

こちらのDD51 756号機は、晩年はJR貨物門司機関区に配置され、通称「岡見貨物」などに充当されていましたが、門司機関区の前は東新潟機関区に配置されていたため、旋回窓やスノープロウを装備する「A寒地仕様」となっているのが特徴です。

DD51自体はJR西日本で今でも現役で活躍中ですが、京都鉄博開業時に廃車になるような機体が無かったのでしょうかね?

 

こちらも床下に入れるようになっています。

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本館には機関車だけではなく、貨車も展示されています。

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ヨ5008

こちらはコンテナ特急「たから号」用の緩急車として製造されたヨ5000で、外観が薄緑色でデッキ部に電照式のテールマークが装備されているのが特徴です。

わざわざ貨物列車の最後尾に電照式のテールマークを装備したということからも、当時の国鉄の「たから号」にかけた気合いの大きさが伝わってきますね。

 

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ワム7055

こちらは形式的にはワム3500形で、戦前の大正6年から11873両が製造されましたが、現存しているのはこの車両を含めわずか4両しかないそうです。

 

変わったものでは、こんなものも展示。

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なんとパンタグラフが稼働状態で展示されていました。

特に500系の翼型パンタグラフは、運用中の500系はすべてシングルアーム式に換装されているため、ここでしか見られません。

 

以上が本館に展示されている車両たちでしたが、本館には車両以外の展示物もいっぱいございます。

長くなったので、車両以外の展示物は次に記事にて。

貨物列車撮影 8/10 EF65 2101充当4072レなど

本日から、待ちに待った夏休みが始まりました!!

私も今年の夏休みは2年ぶりに大型遠征を敢行する予定でありますが、台風10号の進路にやきもきしているところでございます・・・。

 

相変わらずの暑さとなりました本日は、海コン列車にPFクリームプレが充当されましたので、浜川崎にてスポット撮影を行うことにしました。

まずは前座から。

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54レ EF6 131

早くも連休体制に入ったのか、よく見るとフルコンではなく数両のコキは1個積みになっていました。

 

そしてメイン。

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4072レ EF65 2101

こちらは良き積載でございました。

今年のダイヤ改正でPF化してから国鉄色は初撮影ですが、渡田踏切は夏場ですと陽炎でモヤモヤになるうえ側面の光線が弱いので、もうちょっと涼しくなってからが本番ですかね。

 

といった感じで本日の撮影は終了ですが、わずか30分ほどの滞在にも関わらず、汗だくになりながらの撮影となりました (^_^;)

皆様も、熱中症などにはくれぐれもご注意を・・・。

 

ご一緒した皆様、暑い中お疲れ様でした。

初めての京都鉄道博物館!! その1 梅雨の関西撮り鉄遠征⑬

前の記事はこちら。

 

梅雨の関西撮り鉄遠征、今回から最終章が始まります。

此度の遠征のシメとなる舞台がこちらです!!

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皆さんご存知、京都鉄道博物館でございます!!

2016年に開業して以来、前々から気になっていた存在ではあったものの、中々来る機会がありませんでしたが、ついに念願叶い来ることが出来ました。

それに鉄博であれば、この日のような大雨でも楽しめるので、ちょうど良い機会であったと思います。

 

早速入場・・・の前に、ちょっと時間をさかのぼりまして、こちらからご紹介。

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京都市電2000形 2001号車

京都鉄道博物館は、梅小路駅の跡地を利用した「梅小路公園」という京都市営の公園内にあるのですが、その一角に元京都市電2000形が展示されていました。

 

こちらの車両は、梅小路公園の案内所兼、1978年に廃止された京都市電の歴史を紹介するスペースとして使用されています。

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中には学芸員的なおじさんがいて、同行いただいたブログ友「難波オヤジ」さんとおじさんによる「京都市トーク」に花が咲いておりました。

まあ、私は京都市電に関しては全くの無知でしたので、お二人の話をへぇ~と頷くだけでおりましたが (^_^;)

 

私にとっての京都市電といえば、こちらのほうが馴染み深いです。

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伊予鉄道 モハ2000形2006号車(2019年3月)

京都市電2000形は2001~2006の6両が製作されましたが、ここに展示されている2001号車を除く2002~2006号車は伊予鉄道に譲渡され、現在も伊予鉄道モハ2000形として現役で稼働中です。

上の写真は今年3月に撮影したばかりのものですが、近年車体がミカン色に変更されたうえ方向幕もフルカラー式に換装されており、まだまだ使い倒す気マンマンなようなので、京都市電の血筋は遠く松山の地でまだまだ息衝くことでしょう。

 

話がちょっと逸れましたが、入館券を購入して館内に入ります。

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大人の入場料は1200円(2019年6月時点)で、大宮の鉄道博物館より100円安いです。

JRが運営している施設だけあり、交通系ICカードでも購入可能となっています。

 

まずは入口のプロムナードエリアを見学します。

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端的に言いますと、入口から博物館建屋までの屋外に屋根を付いていて、そこに車両がびっしりと並んでいます。

屋根はありますが空調が効いているわけでは無いので、今の季節は結構しんどそうですねぇ・・・。

 

まずは入館券にも印刷されていた、こちらの車両から。

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C62 26

こちらのC62 26号機は、昭和23年に広島第2機関区に新製配置され、その後名古屋機関区や宮原機関区などに転属しましたが、最初から引退までの間ずっと東海道山陽本線筋の列車牽引に従事していました。

昭和41年にC62としては経年が浅いうちに廃車となりましたが、そのおかげで大阪環状線弁天町駅付近にあった旧交通科学博物館にて早々に保存機として収容され、交通科学博物館閉館後はこの京都鉄博にて保存されています。

 

C62の後ろには、往年の客車列車を連想させるように旧客も展示されています。

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マロネフ59 1

 

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スシ28 301

こちらの車内は公開されていませんが、窓越しに中の様子をうかがうことが出来ます。

 

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クハ86 1

こちらは元祖「湘南電車」である80系のトップナンバー車です。

 

80系というと、下の藤沢駅ホームにあるニューデイズのような「2枚窓の流線形」というイメージが強いですが、この形態になったのは2次車以降だそうな。

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たぶん、ここに来なかったら1次車のような顔は知りもしなかったでしょうね。

またひとつ、勉強させてもらいました。

 

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21-1

こちらはご存知の元祖新幹線0系、しかもトップナンバー車です。

このトップナンバー車は機械遺産にも認定されており、戦後日本初の旅客機「YS-11」とともに、戦後の高度成長期を象徴する産業機械のシンボルとして、学校の教科書にも乗るレベルの存在であります。

 

ちなみに0系は計4両保存されており、ちょっとした編成を組んでいます。

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22-1
東京方の先頭車は、スカートに白帯が入った「御召仕様」となっています。

 

そしてこの22形は、客室内が展示スペースに改装されています。

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パンタグラフ、速度計、座席や「鼻」が展示されていました。

本当は座席に座りたくて入ったのですが、残念ながら座れませんでした (^_^;)

 

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DD54 33

こちらのDD54は、西ドイツからのライセンス供与による技術が盛り込まれたディーゼル機関車ですが、ライセンス生産した国産部品に相次いで欠陥や不具合が見つかり、まともに運用することができなかったため早々に引退した悲運な車両です。

先に紹介した0系が国鉄の成功の象徴だとしたら、DD54は負の象徴という表現が正解かはわかりませんが、そんな対照的な2形式が並んで展示されているというのも、なにかの運命でしょうかね。

 

DD54の後ろには、20系が連結されていました。

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ナシ20 24

てっきり「出雲」をイメージしているかと思いきや、愛称幕は「はやぶさ」になっておりますね。

元食堂車とあってか、弁当売り場として使われておりました。

 

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クハ103-1

こちらはご存知、国鉄を代表する通勤型車両である103系ですが、総勢3447両のうちの記念すべき先頭車トップナンバーで、1964年に山手線でデビューしたあと京浜東北線に移り、その後1976年に大阪へ渡って大阪環状線で約30年走り続けたあと、2007年からは阪和線で活躍していましたが、2011年に引退しました。

引退後に大阪環状線時代のオレンジ色に塗り替えられ、ここに保存されています。

 

といった感じで、プロムナードエリアの展示車両をご紹介しました。

ここだけでもトップナンバー車がいくつも保存されており、貴重な車両たちにたくさん出会うことが出来ました。

 

次回は、いよいよ本館の中に潜入します。

叡電の観光列車「ひえい」に初めて乗ってみた 梅雨の関西撮り鉄遠征⑫

前の記事はこちら。

修学院駅と修学院車庫探訪を終え、同行いただいたブログ友「難波オヤジ」さんの愛車が待つ宝ヶ池駅へ戻ります。

ですが、ただ戻るだけでは面白くないため、叡電が誇る観光列車を乗り鉄しながら戻ることにしました。

 

今回乗るのはこちら。

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叡山本線の観光列車「ひえい」でございます。

今回はいったん宝ヶ池駅を飛び越え終点の八瀬比叡山口駅まで行き、そこから折り返すことにしました。

 

列車は修学院駅を出発。

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日曜日かつ単行列車ということもあり、座席はほぼ埋まっておりました。

 

終点まで乗ると言っても、たった4駅しかないのであっという間に到着。

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折り返し時間を使って、中の様子を撮影。

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照明は電球色のライトを使用し、つり革は黒とシックなイメージで纏められています。

開放的な内装であった鞍馬線の「きらら」とは、趣が全く異なりますね。

 

座席はオールロングシートですが、外装での大きな特徴である楕円形の窓を採用したことにより、座席もほかでは見たことが無い独特の形をしています。

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ぶっちゃけ座り心地はイマイチでしたが、全線乗り通しても数十分なので、そんなに問題ではないかと思います。

 

乗降扉のガラスも、かなり大型の楕円形となっています。

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運転台の様子。

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マスコンブレーキ弁の形状や、メーターがアナログなところを見ると、ここは種車から変更がなさそうですね。

 

最後にお顔を正面から撮影。

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この「ひえい」も「きらら」と同様に一般列車と同じ扱いであるため、追加料金なしで利用可能です。

こんな車両を通勤で使えたら、苦痛な通勤ラッシュも少しは楽しくなりそうですね。

 

ついでに駅舎もパチリ。

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正式な駅名は「八瀬比叡山口」ですが、駅舎の看板は「八瀬」となっていますね。

駅名に「比叡山口」と付いている通り、ここは比叡山の麓に設置された駅で、ここから京福電気鉄道が運営するケーブルカーとロープウェイを乗り継いで、比叡山の山頂へ向かうことができます。

 

 

このあと宝ヶ池駅へ戻って、叡山電車での活動を終了です。

こちらも嵐電と同様に、撮りたいものが撮れて、ついでに乗り鉄もできたので大満足な結果となりました。

 

宝ヶ池駅へ戻った後は、京都市中心部で昼食を摂ったのち、帰りの新幹線まで暇を持て余してしまったので氏と雨の京都市内をドライブしていたのですが、そこで氏より「じゃあ〇〇に行ってみますか」というご提案を受けました。

そこは前々から気になっていたスポットで、この日のような大雨でも楽しめる場所だったので、ご提案に乗っかり行ってみることになりました。

 

というわけで次回からは、本遠征の最終章をお届けします。