前の記事はこちら。
石勝線夕張支線 最後の夏~南清水沢駅~ 北海道放浪の旅 14日目④
佳境を迎えた「北海道放浪の旅」ですが、なんと今回で150回目の更新となりました。
個人ブログの旅レポでは、前代未聞の超長期連載だと思いますが・・・本当にあと数回で完結しますので、最後までお付き合いくださいませ (^_^;)
そんな今回取り上げるのは、清水沢駅でございます。
清水沢駅は、夕張市中部の市街地である清水沢地区の中心にある駅で、かつて夕張支線内唯一の交換可能駅であった名残から、駅舎もそれなりの規模を有しています。
しかし2015年に無人化されてから、旧駅事務室だった窓が木板で塞がれてしまい、外観を損なっているのが残念です。
さっそく駅舎の中へ。
広い待合室に、4人掛けのベンチが2脚だけ設置されており、とてもガランとした印象でした。
掲示板には廃線を惜しんでか、夕張支線の過去の写真などが貼られていました。
前述の通り清水沢駅は2015年に無人化されたため、有人時代に使われていた窓口は、木板で塞がれていました。
有人駅時代に訪問したときに購入した切符が残っていたので、ここでご紹介。
清水沢駅は直営駅であったもののマルス端末や自動券売機が無く、さらに夕張支線内も含め常備券が一切無かったため、近距離乗車券を含め全て補充券で発行していた直営駅として、道内のその筋の人間には有名でした。
JR北海道の直営駅でマルス端末が無いのは、札沼線の石狩月形駅のみですが補充券は扱っていないそうなので、清水沢駅の無人化により直営駅で気軽に補充券を購入することは、ほぼ不可能になってしまったようですね。
駅舎を出て、ホーム側の外観を撮影。
やはり木板が萎えますね・・・。
駅舎の横には、交換駅時代の遺構が残されていました。
清水沢駅は2004年まで交換設備を有していましたが、それにはJR北海道最後の腕木式信号機とタブレット閉塞を用いていました。
2004年2月 清水沢駅構内にあった北海道最後の腕木式信号機
上のローラー付きの櫓と小屋は、腕木式信号を動かすためのワイヤーとテコを操作するための設備の残骸と思われます。
路線自体が廃止された今となっては、15年前の出来事ですら遠い昔のように感じます。
駅舎からホームへは、長い通路が設けられています。
石炭輸送全盛期には、この間に多くの側線が敷かれていたのでしょうが、現在はぽっかりと空き地になっています。
ホームの様子。
ホーム上には物置風の風除けが設置されていましたが、駅舎とホームが離れていることへの配慮でしょうかね。
駅名標を記録。
駅名標の支柱も錆び錆でしたが、もうすぐその役目を終えます。
最後に駅に隣接する跨線橋から、清水沢駅構内を眺めてみました。
石炭輸送全盛期の清水沢駅は、「三菱石炭鉱業大夕張鉄道線」が分岐し、夕張線有数のターミナル駅として栄えていたそうです。
その栄華と衰退の歴史が、乗降客数に似つかわしくない立派な駅舎と、ホーム横の広大な隙間に現れているようでした。
次の記事はこちら。