川崎鶴見鉄道録

川崎・鶴見界隈の鉄道に関するブログ

地下化した京急大師線 産業道路駅付近を見物してきた その1

以下の記事でも取り上げた通り、2019年3月3日に京急大師線 産業道路駅周辺の地下立体工事が実施され、地下駅の併用を開始しました。

 

工事が行われた3月3日は、生憎の雨だったため見物に行きませんでしたが、工事後初の週末となった昨日は晴れたので、生まれ変わった産業道路駅および周辺をぶらぶら見物してきました。

今回は工事前の風景も交えながら、見物レポートをお送りします。

 

まずは、産業道路駅より1つ京急川崎寄りの東門前駅にやってきました。

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東門前駅自体は、地下化前と大きな変化はありません。

 

が、東門前駅前にある踏切からの光景は一変しました。

<地下化前>

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<地下化後>

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産業道路駅まで続いていた地上線路が姿を消し、その代わりに地下線へのアプローチ線と産業道路駅があるトンネルの入口が出現しました。

どうやってこんな芸当を一晩で行ったのか?を、図で表すとこんな感じになります。

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切替工事前日までに、①のように緑色の仮設線路の直下に赤色の新しい線路を前もって敷設しておき、仮設線路で「ふた」をします。

切替工事では「ふた」となっていた仮設線路を撤去し、前後の線路と新線路を接続して、列車が走れるようにしたのです。

 

ただし、東門前駅付近の新線と旧線の付け根となる部分は、新線路と仮設線路の高低差が少なく「ふた」ができないため、仮設線路をジャッキで下降して新線路と接続する方法が採られました。

上の写真だとちょっと分かりずらいですが、木板が張ってある仮設線路を線路両端にある青い烏帽子状のジャッキが支えており、奥にあるバラスト敷きの新線路と接続しています。

 

東門前駅から、少し産業道路駅寄りの場所へ移動します。

<地下化前>

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地下化前は踏切があり、こんな感じで仮設線路区間を行く列車が撮れたのですが・・・

 

<地下化後>

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今回の立体交差化に伴い、踏切が廃止されました。

ここは勾配区間の途中かつ掘りが浅いため、道路レベルで構造物を作ると完全に列車に支障するため、道路の路盤ごとごっそり剥がされました。

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今後道路などを作ろうとすると、小さな橋が必要になりそうですね。

 

さらに産業道路駅側に移動。

<地下化前>

ここにも踏切がありましたが・・・

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<地下化後>

先ほどの場所とは違い、新設された地下トンネルの上であるため、遮断機や警報機が撤去されただけで道路として生き残りました。

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路盤にはレールが残っていますが、隙間は全て埋められて整地されています。

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両端には、架線は撤去されているものの、仮設線路が残さたままです。

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京急川崎方を見ると、仮設線路がプッツリと切れているのが分かります。

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逆光かつスマホ撮りなので画質が悪いですが、新線路の勾配を列車が下っているのがわかると思います。

 

そのまま地下化された産業道路駅まで歩いてやってきました。

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ホームは地下化されましたが、駅舎は引き続き仮駅舎が使用されており、地上ホームや線路を撤去した後、新駅舎が整備されるものと思われます。

ただし、産業道路駅2020年3月に「大師橋駅」へ駅名変更されることが決定しているため、産業道路駅」としてはこの駅舎が最後の姿かもしれませんね・・・。

 

続いては今回の地下化最大の目的である、産業道路大師線の大踏切の様子。

<地下化前>

合計7車線にも渡る大踏切を、堂々と渡っておりました。

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<地下化後>

レールや分離帯などは残されたものの、警報機や遮断機は撤去されて、車の流れがスムーズに流れるようになりました。

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ただし地元ドライバーでしょうか、踏切は廃止されたのに癖で一時停止する人や、信号待ちの時に線路部分を開けて停車する人が多数いました。

まあ、この踏切の存在は長年の癖となって染みついていたでしょうから、踏切の完全解消にはしばらく時間がかかりそうですね(笑)。

 

踏切を越えて、小島新田駅方面へ移動。

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ここにも踏切がありましたが、廃止されて普通の道路化されました。

 

<地下化前>

昨年の10月はこんな感じで、踏切の先に小島新田駅構内への分岐器がありました。

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<地下化後>

踏切のすぐ先で線路が切断され、地下トンネルへの勾配がみえます。

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そしてこの場所で異彩を放つのが、この鉄骨の櫓です。

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この櫓こそが、小島新田駅側の工事の肝となる役目を果たしています。

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小島新田駅側も東門前駅側と同じく、あらかじめ新線路の真上に仮設線路で「ふた」をしておき、切替工事で「ふた」を取り外して小島新田駅構内の線路へ接続します。

 

しかし小島新田駅側は東門前駅側と違い、線路のすぐそばまで建物が建っているため、クレーン車などの大型重機を投入し「ふた」を持ち上げることができませんでした。

そのため、あらかじめ仮設線路を持ち上げる場所に櫓を立てて、切替工事のときは持ち上げて櫓に固定するのみに留め、あとでじっくりと仮設線路を解体する手法が採られました。

 

櫓には現在も、仮設線路の路盤が固定されたままとなっていました。

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これも機を見て撤去されると思われます。

 

また地下化によって産業道路~小島新田が複線化されたことに伴い、小島新田駅の場内信号機が移設されました。

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最後は小島新田駅へ。

<地下化前>

以前は小島新田駅構内の線路が、産業道路側にある単線ポイントまで伸びていました。

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<地下化後>

複線が小島新田駅手前まで伸びたことにより、駅のすぐ横にシーサスクロッシングが新設されました。

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小島新田駅のホーム配置の都合で、右手前の分岐器の定位と反位が逆転している、変則的なシーサスクロッシングが使われています。

これにて、地下立体工事の地上部分の見物レポートは終了です。

次回は電車に乗って立体交差区間を走り、地下化した産業道路駅に行ってみます。