川崎鶴見鉄道録

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日田彦山線でヨンマルを撮る その2 2021GW 西日本遠征⑤

前の記事はこちら。

 

日田彦山線でのヨンマル撮影、沿線での撮影のあとは駅撮りをすることに。

やってきたのは、前回の撮影地からほど近い採銅所駅です。

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採銅所駅といえば、個人的には「桜の名所」というイメージでありますが、ゴールデンウィークの訪問ですので当然ながら九州地方ではすでに散っております。

ですがダイヤを調べたら、次の列車がここで列車交換するようなので、今回はここで交換風景を撮影しようという趣向でございます。

 

先に述べたようにここは桜が有名ですが、駅舎も一見の価値があるようです。

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なんでも採銅所駅舎は、日田彦山線を敷設した「小倉鉄道」が開業した1915年当時から使用されており、当時の駅舎が現存するのは採銅所駅のみとなっているそうな。

一時は老朽化のため解体も検討されましたが、保存運動によりJR九州から香春町に無償譲渡され、文化財指定や改修などを経て保存されているそうです。

 

そんな趣深い駅舎とともに一葉。

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木造駅舎と国鉄型のヨンマルはとても相性が良く、さりげなく置かれた自転車もいい味を出しております。

個人的に日田彦山線の部で一番のお気に入りカットとなりました。

 

交換相手となる小倉行きはホームから撮影することに。

採銅所駅田川後藤寺方には短いトンネルがあり、まずは駅へ進入する列車をトンネル越しにパチリ。

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このトンネルのポータルは石造り?で意匠も凝っており、距離は短いながら立派な造りですね。

日田彦山線はもともと内陸部の石炭などを小倉まで輸送するために敷設された路線ですが、現在は同様の使命を担っていた多くの路線同様にローカル線へと転落しており、貫禄あるポータルがツタやコケに覆われ草臥れてしまった姿は日田彦山線の栄枯盛衰を表しているようであります。

 

ここで列車交換を実施。

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意外にも数人の乗降客がいました。

 

交換を終え田川後藤寺行きが発車したところをパチリ。

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これにて九州のヨンマル撮影のシメといたしました。

 

車へ戻ろうとした途中、駅舎の外にも「過去の遺産」を発見したのでパチリ。

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これは「洗面台の跡」のようですね。

採銅所駅呼野駅の間にある「金辺峠」はSL時代は難所として知られており、その急勾配に対応するため呼野駅は福岡県で唯一のスイッチバック構造を持つほどだったそうですが、気動車に置き換わってからは何不自由なく通過できるようになりそれらの設備も廃止されました。

SLが主力だった時代は、全国の主要駅や難所と言われる峠の前後駅にはこうして煤を洗い流すための洗面台が設けられていたそうですが、採銅所駅にひっそりと佇んでいるこの洗面台もそんな時代に活躍していたものなのではないでしょうか。

そんな華やかな時代の生き証人として、駅舎と同じくらいこの洗面台の跡も長く残ってほしいものです。

 

ここで同行いただいたブログ友氏の記事も合わせてご紹介いたします。

 

 

といった感じで日田彦山線での撮影はこれにて終了。

このあとは小倉界隈に移動して、もう一つの国鉄型の撮影へと移ります。