川崎鶴見鉄道録

川崎・鶴見界隈の鉄道に関するブログ

方向幕から辿る 東海道線185系の歴史①

いよいよ今週末に迫った、JRグループの2021年ダイヤ改正

毎年ダイヤ改正直前は、引退や運用変更が行われる車両・列車が大いに注目されるのが風物詩となっておりますが、JR東日本管内で最も注目を集めているものと言えば185系と「踊り子」「湘南ライナーなのは間違いないでしょう。

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車両面から見ると、185系JR東日本で定期運用を持つ最後の国鉄形電車であり、今回のダイヤ改正で「踊り子」から外れることにより、JR東日本管内の定期特急列車から国鉄形車両が姿を消すことになります。

また列車面では「特急運用と普通運用の両立」を目的に開発された185系の象徴的な列車であった湘南ライナー」が特急「湘南」に格上げされるため、185系とともに過去帳入りします。

 

川崎在住の私としても185系はとても馴染み深い車両でして、都内の大学へ電車通学をしていたときは毎日のように見かけ、鶴見川花月園で貨物列車撮影をすれば毎回のようにMT54サウンドが聞こえてくる、そんな「生活の一部として当たり前に存在している車両」です。

そんなわけで、個人的にとても馴染み深い存在である185系への惜別の念と、弱小とはいえ「川崎・鶴見界隈の鉄道に関するブログ」を自称していることも鑑みて、当ブログでも185系の引退記念企画をお届けいたします。

 

 

で、どんな企画をお届けするかなんですが、最初は10数年前に上京して以来撮り溜めた写真を蔵出ししようかなと考えました。

ただ蔵出しと言っても10年くらいの期間しかないし、他のブログやSNS上でも似たような企画が乱立するのも目に見えており、読み手の皆様も食傷気味だろうな・・・と思い、単純に写真で振り返るのは却下。

では当ブログのオリジナリティを発揮できる企画ってなんだろうか・・・と考えた結果、着目したのがこちら。

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車両側面に取り付けられている「方向幕」でございます。

現在の新製車両はLED素子を用いた表示方式が主流ですが、185系国鉄形ということもあり昔ながらのフィルム方式の方向幕が使われ続けており、鉄道オタクであれば誰しもが1度くらい、このクルクルと回転する方向幕に興味を持ったことがあるでしょう。

 

「じゃあ駅のホームで撮った動画でも流すのかい?」と思われるかもしれませんが、んあこたぁ無いです。

それじゃ撮り鉄した写真を蔵出しするのと、さして変わりませんからね。

 

当ブログをご覧になっている方は、私のことを「貨物好きの撮り鉄」と認識されている方が多いと思いますが、実は鉄道部品オタクでもあるのです。

そんなわけでですね・・・

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我が家には185系の方向幕が11本あるのですよ。

185系ばっかりこんだけ集めるなんて、よほどのモノ好きと思われるかもしれませんが、私は中級者?くらいなので、猛者の方々はもっと所有されるかと思います(笑)。

 

当ブログを立ち上げてから、今でこそ「遠征」と言えば撮り鉄のことを指しますが、その前は全国各地の鉄道部品即売会に繰り出すのがメインで、そのついでに撮り鉄なり乗り鉄をするのが、私の鉄道趣味の活動スタイルでありました。

そんな感じでJR東日本の部品即売会に通いまくった結果、いつのまにやら11本も集まったというわけです。

 

そしてこの11本の方向幕もすべて同じではなく、よ~く見ると製造年代によって内容が細かく違い、それが即ち「東海道線185系の運用歴史」へと直結するはず。

というわけで今回は「方向幕から辿る 東海道線185系の歴史」と銘打ちまして、私が所有している11本の方向幕を細かく見ていき、185系東海道線での活躍を振り返ってみようという企画を数回にわたってお届けいたします。

 

 

創成期:デビューは「踊り子」では無かった?

現在の伊豆方面への特急と言えば「踊り子」が代名詞で、派生列車である「スーパービュー踊り子」「サフィール踊り子」なども、基本的に「踊り子」という名が付くほど浸透しております。

ですがそれは「185系のデビュー後に確立」されたものであり、185系デビュー前夜の伊豆方面の列車は「急行伊豆」「特急あまぎ」という、車両も種別も異なる2本立てで運行されていました。

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f:id:kawaturu:20210307220950p:plainいずれもWikipediaより引用

「伊豆」は153系、「あまぎ」は183系によって運行されていましたが、153系の老朽化が進んでいたため置き換えが決定し、そのために開発されたのが185系です。

185系が2ドア・転換クロスシート(のちに回転式クロスシートに換装)・開閉窓という特急列車にしては中途半端な装備になったのは、もともと急行型の153系の置き換えを念頭に開発されたことが起因しています。

ですが、のちに「あまぎ」も185系に置き換えて2列車を1つの特急列車へ統一することに計画変更、統一後の特急には「踊り子」という名が付けられることになりました。

 

そんなわけで「185系」と「踊り子」のデビューはリンクしているのですが、実は「踊り子」のデビューが1981年10月に対し、185系のデビューは1981年3月と、185系のほうが「踊り子」より半年ほど早くデビューしています。

「踊り子」として運用を開始するまでは、153系と混じって急行「伊豆」に投入され、慣らし運転をしていたようです。f:id:kawaturu:20210307220435p:plain
Wikipediaより引用

 

そんな185系の「創成期」に使用されていた方向幕がこちら。

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185系デビュー後も「あまぎ」は183系のままでしたが、185系による代走や将来的な置き換えも考慮してか「伊豆」「あまぎ」の両方が収録されています。

また「あまぎ」だけ小田原・熱海があるのも面白いですね。

 

そんなわけで185系のデビューは「伊豆」だったわけですが、その半年後には「踊り子」の運転開始が決まっていたので、もちろん「踊り子」にも対応しています。

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「踊り子」は運行開始当初から「L特急」に指定されていたため「あまぎ」には無いLマークが付いているほか、現代の方向幕と異なり「指定席」「自由席」の表記が無いというのも、逆に新鮮な印象ですね。

「指定席」「自由席」の表記は、民営化後に追加されたのち現在まで引き継がれているため、表記が無い個体は国鉄時代~民営化直後に刷られたものに限られるので、割と貴重だと思います。

 

さらに185系は、当初から普通列車として運用されることも考慮されているため、普通列車用のコマも多数収録されているのが特徴です。

185系普通列車運用自体は2014年3月まで残っていた関係で、わりと最近のバージョンまで普通幕自体は多数収録されていましたが、そのなかでも創成期の仕様として特筆すべきものがこちら。

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国鉄時代に作られたということで、現在はJR東海の営業範囲である静岡・浜松などの沼津以西の東海道線、さらには御殿場線の駅名も収録されているのですが、これらの駅名は民営化後に作り直されたバージョンでは軒並み削除されました。

ただ汚れがほとんど無いので、実際にこれらの駅には国鉄時代でもほとんど顔を出していなかったと思われます。

 

私が所有しているこの方向幕には、185系のもう一つの象徴的列車である「湘南ライナー」のコマが入っていません。

湘南ライナー」の運行開始は1986年ですが、そのタイミングで対応版と交換されているようなので、このバージョンは本当の最初期に近いものと思われます。

 

巻取器に付けて回した動画がこちら。

収録内容を見ると、東海道線以外の駅名や列車は全く入っておらず、新製投入時点では田町車は東海道本線専属で運用し、それ以外の線区に投入する計画は基本的に無かったことが伺えます。

田町車のデビューからちょうど1年後の1982年3月、今度は新前橋に200番台が新製投入・デビューして「あかぎ」「草津」など高崎線特急や、上野~大宮の新幹線連絡列車「新幹線リレー号」に投入され、東京都心を挟んで南北で住み分けが出来ていたことも関係しているのかもしれませんね。

 

 

以上がデビュー当時の185系方向幕のお話でした。

このあと1987年、国鉄がJRに民営化されるのですが、それと同時期に田町区185系の運用にも大きな変化が生まれ、それが方向幕にも表れることに。

そのお話は次回へと続きます。